7/18~21東日本大震災の被災地へ4人で行ってきました

野口、安藤、山崎の3人の議員とFさん(女性)の4人で震災ボランティア第2弾として、陸前高田市と大船渡市へ行って来ました。18日の朝8時45分発の仙台空港行きで出発。仙台到着後、空港近くでレンタカーを借りて、まず現地からの要望である物資の購入に名取市のホームセンターや仏壇屋に出かけました。

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写真はホームセンターで買い込んだものを車に入れ込んでいるところ。仏壇屋ではまもなくお盆を迎えるが、お位牌はあるが、お花を飾るもの、ロウソク立て、お水いれるもの、線香などを買い、その他では、扇風機やすだれ、電子レンジの置物なども購入。

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陸前高田市の「共同センター」では、愛知県大府市の青年会議所の2人の方が約3000点の新品の靴や服などを積んで来ていたので、一緒に3ヶ所の仮設住宅を回り、そこで写真のように「無料青空市」を開き、物資を提供しました。もう一つの写真は青空市の横に設置された「仮設住宅」の様子です。



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仮設住宅での青空市終了後、共同センター前で、一緒に撮りました。

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陸前高田市の状況ですが、公共施設がちょうど崩壊している場面に遭遇。

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またニュースでも紹介されましたが、7万本あった松の中で残った1本の松。

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陸前高田市の体育館の様子ですが、3/11の大震災発生時は、この場所で「3/11重税反対の集会」が行われていました。ここで、日本共産党の市会議員団長の方や陸前高田市の民主商工会の事務局長さんなど多くの皆さんが波に飲み込まれてお亡くなりになったそうです。心からご冥福をお祈り申し上げます。

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7/20は、前日から大船渡市にあります日本共産党の気仙地区委員会に泊まり、朝から地元の民家の片づけに7人で出かけました。写真はその片づけが終了後の事務所前で撮ったものです。
民家の73歳のおばあちゃんが、たんたんと震災当時の事をお話してくれましたが。「どんどん津波で水位が上がってきた、1階の軒下まで上がってきて、自分は電柱を支えているチェーンをしっかり捕まえ、そして水が引いた時に裏山に逃げて助かったとのこと。一緒にいた若奥さんは目の前で流されて行ってしまったとのこと」。改めて震災、津波の恐ろしさを感じつつ、何か悲しい思いになりました。今回の震災ボランティアに参加し、何もお手伝いできていませんが、この近畿で今後の東海・南海・東南海地震に対する対応を、市地域防災計画の見直しなど、きちんとこれまで以上に取り組んでいかなければと思っています。

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この記事へのコメント

ひでぽん
2011年07月27日 17:02
早速拝見いたしました。

陸前高田市の一本松は危機を迎えているとの報道も
ありましたが、無事なようですね。

私も、被災地ではあまり被害の甚大さに人間の
無力さを痛感しました。

この震災を大きな教訓とし、近畿の被害低減に
つながるようともに頑張ってまいりましょう。

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